AI技術の台頭によって、Web上での翻訳機能は大幅に進化しています。実際にすでに多くの企業では機械翻訳が取り入れられており、おもに産業翻訳の分野ではAIが欠かせない存在になっています。
そこで気になるのが、翻訳家の仕事の未来です。幅広い分野の翻訳をAIが担当する現代で、翻訳家の仕事はどのように変化していくのでしょうか?今回は、翻訳家の仕事とAIの関係性、AI時代に翻訳家が生き残るためのスキルなどをご紹介します。
AIによって「翻訳家の仕事がなくなる」といわれる3つの理由
ここでは、AIによって「翻訳家の仕事がなくなる」といわれる理由をご紹介します。人間よりも遙かに早いスピードで、正確性の高い翻訳をしてくれるAI。AI翻訳の利点を把握したうえで、翻訳家の未来について考えていきましょう。
①AI翻訳の精度が急速に向上しているから
AIに翻訳家の仕事が奪われる可能性には、AI翻訳の精度の向上が関連しています。昨今のAI翻訳では、かつての「単語を直訳するような翻訳」とは異なり、文脈や言い回しなどを考慮した自然な翻訳が実現しつつあります。
とくに感情的な表現の少ないテキストの翻訳は、AIの得意領域。ニュースや日常会話など、定型的な文章であれば「AI翻訳で十分」といわれるシーンも増えてきました。
②人件費や作業時間などのコストが圧倒的に低いから
人間とAIの大きな違いの一つとして、運用コストが挙げられます。翻訳をAIに任せれば、人間の翻訳家に頼むよりも圧倒的な早さ&人件費の安さで仕上がります。
人間が何時間もかかる翻訳作業も、AIに任せればほんの数秒。良質な翻訳AIには導入・運用コストも発生しますが、人間の人件費と比べれば遙かに安いものです。多くの企業がコスト削減を求めるなか、AI翻訳は「人間の翻訳者の工数や費用を削減したい」というニーズに噛み合っているのです。
③翻訳機能自体の利用ハードルが低いから
AI翻訳の大きな利点としては、翻訳機能自体の利用ハードルの低さも挙げられます。AI翻訳の基本的な使い方は「原文をコピーしてペーストするだけ」。未就学児から高齢の方まで、簡単に翻訳機能を使えます。
もちろんAI翻訳は完璧な精度とはいえないものの、実際の利用では「精度が微妙でも内容がつかめれば問題ない」というシーンも多いものです。この「誰でも気軽に使える」という点も、「人間の翻訳家の仕事が奪われる」と思われやすい理由といえるでしょう。
現在でも「人間の翻訳能力」が重宝される理由
ここでは、AI時代においても「人間の翻訳能力」が重宝される理由をご紹介します。数々の仕事がAIに置き換わりつつあるなか、いまだに一定のニーズを確保している翻訳家。その理由と魅力を学び、キャリアプランに役立てていきましょう。
①AIは曖昧な表現やスラングへの対応が難しい
翻訳家が重宝される理由として、AIの非万能性が挙げられます。確かにAIは人間よりも遙かに早いスピードで翻訳をしてくれますが、曖昧な表現やスラングへの対応が苦手です。
たとえば日本語における「ヤバい」は、感動・驚き・落胆・喜び・興奮など、さまざまな感情が含まれた圧縮言語といえますよね。人間であれば、前後の文脈や共感力を駆使して適切な表現に翻訳できますが、AIにはどのような感情が含まれているのかを判断するのは困難です。
②AIは読み手に合わせた表現の調整が苦手
AIは、読み手に合わせた表現の調整が苦手です。たとえば同じ文章を翻訳する際に、「友達に送る用」「ビジネスメール用」程度であればAIでも対応できるでしょう。しかし「少しのジョーク程度なら言える、大事な取引先相手」のような微妙な関係性の場合、AIだけでは適切な翻訳が難しい場合があります。
とくに日本語のような「関係性やシチュエーションによって言葉遣いが複雑に変わる言語」の翻訳は、人間ならではの繊細さが求められます。
③「AI翻訳」の正しさを識別する人が必要
AI翻訳は日々精度が向上しつつありますが、決して100%正確ではありません。今後どれほどAI翻訳機能が進化したとしても、翻訳結果を識別する人間の存在は必ず必要になります。
たとえ翻訳家の仕事の大半がAIに置き換わったとしても、人間の目で最終チェックをする必要性は失われないでしょう。人間による識別は、文章の正しさだけではなく、相手との関係性や信頼も担保するための要でもあるのです。
④AIが苦手とする翻訳ジャンルが多い
高性能なAI翻訳にも、多くの苦手ジャンルが存在しています。たとえばコピーライティングや文芸作品など、芸術性が高い文章が挙げられます。直訳するとニュアンスやメッセージ性が大きく損なわれてしまうケースが多いため、人間による本質的なテーマの汲み取りが必要です。
歌詞やポエムなども同様に、AIだけでは適切な翻訳は難しいでしょう。また学術誌のような専門性が高すぎる内容も、AI翻訳だけでは不安が残ります。
AI時代の翻訳家が身につけておくべきスキル
ここでは、AI時代の翻訳家が身につけておくべきスキルをご紹介します。AI化が進むこれからの時代、あらゆる業種において「AIとの協働」は避けられない未来といえるでしょう。AI時代に生き残るために、今から始めるべき学習について考えていきましょう。
①クライアントや読み手のニーズに応える対応力
AI時代の翻訳家は、クライアントや読み手のニーズに応える能力が求められます。「本文をただ直訳するだけ」であれば、AIの翻訳機能で十分です。人間ならではの想像力や洞察力を駆使したうえで、相手の目線に立った考察や言葉選びが必要になります。
たとえば著名人のカジュアルなブログの内容を翻訳する際に、論文さながらの硬い文章で表してしまうと、ユーザーニーズから逸れてしまいますよね。書き手の意図と読み手のニーズを照らし合わせ、両者の橋渡しをするような対応力・調整力が重要です。
②豊富な語彙力・表現力
翻訳家がAI時代を生き抜くためには、豊富な語彙力や表現力が求められます。ニーズに合った表現のためには、できる限り多く「表現の方法」を持っている必要があります。
たとえば「赤」という一つの色にも、非常に多種多様な呼び名がありますよね。やや黄色味のある「思(おもい)色」、カエデのような「紅葉(もみじ)色」、深く鮮やかな「洋紅(ようこう)色」……。多くの単語を覚え、教養を身につけることで、より臨機応変かつ柔軟性のある翻訳が可能になります。
③専門的な分野への対応力
AIは、業界用語が多い専門的な分野の翻訳が苦手です。なぜなら専門性が高い分野は、使用シーンが限定的な固有名詞やニッチな単語が多く、TPOに応じた翻訳がAIには困難だからです。そのため「ある一つの分野に特化した翻訳力」を磨くことで、AIに置き換わられない強みを持てるでしょう。
ただしAIは今後さらに進化していくため、一つの専門領域に強いだけでは不安が残ります。自分が翻訳可能な専門領域を複数持つことで、AIが苦手とする「分野横断的な思考を踏まえた翻訳力」が身につきます。
④生成AIやプロンプトに関する知識
今後のAI社会では、「人間とAIがそれぞれの強みを生かし、弱みをカバーし合う」ような協働の働き方が広まっていくでしょう。その際に人間に求められるのは、非認知能力だけではありません。生成AIやプロンプト、自然言語処理などに関する知識も必要です。
AIとの協働は、ほぼ確約されている未来です。だからこそ「AIを使う能力が高い人」「AIリテラシーが高い人」のニーズは、さらに高まっていきます。もちろん翻訳家も例外ではありません。AIを理解したうえでプロンプトを入力できれば、より迅速かつ正確性の高い出力結果が生まれ、結果的に自身の作業効率も上がっていきます。
翻訳家の代わりに登場した仕事「ポストエディット」とは?

AI時代でも、人間の翻訳家は重要な仕事の一つです。しかし昨今、翻訳家から派生した「さらなる仕事のかたち」として「ポストエディット」という職業が注目されています。
ポストエディットとは、機械翻訳によって出力された翻訳文を、目的に合わせてブラッシュアップする仕事です。現在この仕事は翻訳家の業務の一環ですが、今後AIとの協働が進むなかで、翻訳家と独立した仕事として確立されていくと考えられています。
ポストエディットとして働くためには、言語力や語彙力、表現力、想像力など、翻訳家と同様の能力が求められます。AI翻訳の弱点を補えるポストエディットは、企業におけるニーズが高まっていくでしょう。
これからの翻訳家は「AI翻訳の結果」を見極め、磨くための能力が必要!
今回は、AI翻訳と人間の翻訳家との関係性や、協働のポイントなどをご紹介しました。
AI時代において、文章を正しく翻訳するだけの翻訳家は、少しずつ淘汰されていくでしょう。その代わりに、人間ならではの非認知能力を正しく発揮できる翻訳家は、ますます注目されていく可能性があります。
AIにも人間にも、それぞれの強みと弱みがあるもの。大切なのは、お互いの得意領域を把握したうえで「より効率的かつ生産的な協働」を実現するための取り組みです。AIが社会に与える変化を学びつつ、時代に合わせた働き方について考えてみましょう。