化学業界でのAI活用事例5選!AIの活用でどのようなメリットがあるのか? | romptn Magazine

化学業界でのAI活用事例5選!AIの活用でどのようなメリットがあるのか?

AI×業界

皆さんは化学と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?学生の頃に勉強した化学式で苦い思いをした人も少なくないかも知れません。実は化学業界は、人の暮らしに深く関わるさまざまな製品や技術に関わっており、私たちの健康や安全を守り、生活を豊かなものにしてくれています。

例えば、食品や栄養剤、薬剤や化学療法などの医療分野、プラスチック素材や洗剤などの生活用品、太陽光パネルや燃料電池などの環境保全に関わる技術など、他にも多岐にわたり身近な存在となっています。

日本の化学業界は、長年高い業績をあげてきた分野ではありますが、ここ数年では海外メーカーに後れを取り、苦しい状況が続いています。さらに、現状は人材不足や設備老朽化など、経営の根底を揺るがす多くの課題があり、先行きが見通せない状況にあります。

そんななか、AIを活用して課題を解決し、突破口を見出そうとするメーカーが増えてきています。

この記事では、化学業界におけるAI活用のメリットについて紹介し、化学メーカー各社が実際にどのような取り組みをしているのか、AI活用の事例について解説します。

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化学業界における課題

冒頭触れたとおり、「人材不足」と「設備の老朽化」は化学業界における重要な課題として挙げられます。それぞれ解説します。

人材不足

まずは「人材不足」について解説します。

日本全体での少子高齢化の影響による労働人口減少は、化学業界でも同様に深刻な課題となっています。

加えて、高度な専門知識を必要とする化学分野ならではの課題として、専門技術者不足という問題もあります。これは教育機関での専門教育の不足により、若手専門家が業界の要求する技術レベルに達していないことが要因と考えられており、特に新しい技術や研究領域での技術者不足が問題となっています。

また、専門知識を持つ限られた人材は、より高い報酬やキャリアアップを求めて他の国や業界に移ることがあります。これにより、国内の化学業界は有能な人材を確保・維持することが難しく、深刻な課題となっているのです。

このような人材不足の課題に対応するために、AIなど先端技術の活用が注目されています。

設備の老朽化

次に「設備の老朽化」について解説します。

設備の老朽化による一番の問題は、安全性の確保です。設備が古くなると、故障や事故のリスクが高まります。特に化学プラントでは、小さな故障が大きな事故につながる可能性があるため、安全性の確保が非常に重要です。

そのためにも、定期的な修理や部品交換など、設備の維持・管理が必要不可欠です。しかし、老朽化した古い設備のメンテナンスには、修繕にかかるコストや時間が大きくなってしまいます。

また、古い設備は最新設備と比べると運転効率が低いことが多く、生産性の低下やエネルギー消費の増加を招きます。これはコスト増加につながるだけでなく、環境への影響にも繋がります。

定期的な設備の更新や、適正な運転管理は、業界内での競争力を維持するためには必須であると言えます。このような設備の維持管理においても、AIを活用して効率化を図る動きが活発化しています。

化学業界でAIを活用するメリット

さて、ここまでは化学業界における課題について触れてきましたが、ここからはAIを活用するメリットについて解説します。他業種と同じく、化学業界においてもAIを活用することで課題を解決することができると期待されています。

安全性の向上

化学プラントでは、化学物質の取り扱いに伴う事故や健康被害のリスクが存在します。しかも事故が起きてしまえば、人間だけでなく生物や自然環境に甚大な被害を及ぼす危険性があり、安全対策は化学業界において最重要課題と言ってもよいでしょう。

この課題に対し、AIを活用することで、リスクを大幅に低減することができると期待されています。

例えば、AIを活用したメンテナンスプログラムでは、機械の故障やプロセスの異常を早期に検出し、予防措置を講じることができます。これにより、化学プラントでの事故や故障による停止時間を減少させ、安全性を高めることができます。前章で説明した設備の維持・管理対策にも有効な手段となります。

他にも、AIモデルは様々な化学反応の結果を予測し、危険な反応を事前に識別することが可能です。これにより、実験や生産プロセスの安全性を事前に評価し、リスクを管理することができます。

また、AIとロボット技術の組み合わせにより、これまで人間が対応するしかなかった危険な作業を自動化することができます。たとえば、有害物質の取り扱いや高温・高圧下での作業などです。作業を自動化することにより、作業員の健康リスクを軽減し、より安全な労働環境を実現することができます。

AIの活用は、より安全で効率的な作業環境を実現するための重要な手段となっています。さらに安全性を向上させることは、単に事故を防止するだけでなく、製品の品質向上や環境保全にもつながるため、AIは企業競争力を向上するうえで有効な手段として期待されています。

研究開発の効率化・生産性向上

化学業界では、研究開発が盛んにおこなわれている分野でもあります。膨大な時間とコストを要する研究開発を効率的に行い、他社より先んじて技術を確立することは、企業競争力を向上させるために重要なポイントです。

しかし、研究段階で発生する膨大なデータを解析することは大変な手間と時間を要します。AIを活用することでこれらの膨大なデータを迅速に解析し、有用な情報や隠れたパターンを見つけ出すことができると期待されています。これにより、新しい化合物の発見や、既存物質の未知の特性解析が進むと考えられています。

また、AIモデルは様々な化学反応の結果を予測し、最適な合成経路を提案することが可能です。これにより、研究開発プロセスが加速され、新しい化合物の合成にかかる時間とコストが削減されます。

このように、AIの活用は研究開発の効率化を実現し、生産性を向上させることが可能です。研究開発のスピードが上がるだけでなく、品質向上にも大きな影響を与え、長期的な競争力の強化に寄与することができると期待されています。

化学実験の自動化

AIとロボット技術を組み合わせることにより、実験プロセスを自動化することが可能です。これにより人間の介入を最小限に抑えることができ、効率的に実験を進めることができます。

効率化できたぶん、人員リソースを最適化することができ、技術者不足や人件費抑制といった課題対策にもつながります。研究者はこれまで手が回らなかった未知の領域のデータ解析や、新しいアイデアの検討など、より高度な知的作業に集中できるようになるかも知れません。

また、人の手による実験は、実験操作の差異、計量の精度、温度や湿度の変動など、バリエーションに微小な誤差が生じる恐れがありますが、AIによる自動化はより正確な条件のもとで実験を進めることが可能です。これにより、実験結果の正確性・再現性が向上し、信頼性の高いデータを得ることができます。

実験プロセスを自動化することで、必要な試薬や材料の使用量を正確にコントロールすることも可能です。無駄な材料の使用を減らし、コスト削減にも寄与します。

このようにAIによる自動化は、より短期間で、より低コストで、より信頼性のある結果を生み出すことができるでしょう。

化学業界でのAIの活用事例5選

さて、ここからは化学業界でのAIの活用事例について紹介します。

化学業界でのAI活用事例①:石油化学プラントの自動運転(ENEOS/Preferred Networks)

国内初、AI技術による石油化学プラント自動運転に成功 - 株式会社Preferred Networks
ENEOS株式会社(社長:大田 勝幸、以下「ENEOS」)と株式会社Preferred Networks(最高経営責任者:西川 徹、以下「PFN」)は、大規模かつ複雑であり、長年の経験に基づいた運転ノウハウが求められる石

ENEOS株式会社と株式会社Preferred Networksでは、石油精製・石油化学プラントを自動運転するAIシステムの開発を共同で進めております。

石油化学プラントの運転は、大規模かつ複雑であり、長年の経験に基づいた運転ノウハウが求められるため、従来作業者が24時間体制で運転監視および操作判断を行っていました。しかし、運転ノウハウを有する熟練作業者が高齢化しているため、人材不足対策として期待されています。

2023年には、一部のプラント装置において常時運転が実現されており、手動操作を超える経済的で効率的な運転を達成することができました。

化学業界でのAI活用事例②:有機分子をAIでつくる(理化学研究所)

有機分子をAIでつくる
「光る分子の構造!」とオーダーしたらAIが分子構造を設計してくれる。欲しい機能を持つ分子を苦労して探していた従来の方法を180度転換し、分子の構造をAIに考えさせる「逆分子設計」に成功したのが隅田真人研究員です。

理化学研究所では、分子構造を自動で設計させるシミュレーションAIを研究しています。

例えば、蛍光を出す新たな分子を発見しようとする場合、通常、光るキノコなどから、どの分子が蛍光を放っているのかを絞り込み、分子構造を解析します。その分子構造を手探りで改変し、新たな蛍光分子を合成します。

今回紹介した研究では、膨大な分子構造をAIに学習させ、ランダムに分子を設計させます。その分子が蛍光を発するかどうかを量子化学に基づく理論計算で自動シミュレーションするという、これまでとは真逆のアプローチで、蛍光を発する新たな分子を確認することができました。

実験部分にロボットを組み合わせ、いずれ化学研究の自動化が実現できると期待されています。

化学業界でのAI活用事例③:石油化学プラント修理の効率化(三菱ケミカル)

三菱ケミカル、プラント修理のムダ省く 作業動員2割減 - 日本経済新聞
三菱ケミカルグループは石油化学プラントの定期修理の必要性や作業状況をデータで可視化し、計画から働き方までムダを省く。検査や24時間操業のデータを分析し、機器の劣化を予測する。無線自動識別(RFID)タグやビーコン(電波受発信器)も駆使して、延べ10万人超の動員数を従来より2割減らした。2024年春には作業員への残業上限...

三菱ケミカルグループは石油化学プラントの定期修理の必要性や作業状況をデータで可視化する取り組みを始めました。

化学プラントは1万以上の機器で構成されており、機器一つ一つの経年劣化を見落とさないことが事故防止や運転効率向上のために重要なポイントです。

今回の取り組みでは、検査結果や膨大な運転データをAIが分析し、各機器の寿命を高精度で予測。過剰なメンテナンス工事を減らして作業の効率化を図りました。無線自動識別(RFID)タグやビーコン(電波受発信器)を活用し、延べ10万人超の動員数を従来より2割削減することに成功しています。

これまで、人手や職人技に頼ってきた大規模修繕のプロセスを、AIによって革新する取り組みを進めています。

化学業界でのAI活用事例④:プラント腐食配管の外観検査システム(三菱ガス/ABEJA)

Human in the Loop Machine Learningにより プラント腐食配管の外観検査システムを構築 | 当社について | 三菱ガス化学株式会社
三菱ガス化学のニュースリリースをご覧いただけます。

三菱ガス化学株式会社では、株式会社ABEJAと協業でAIを活用したプラント腐食配管の外観検査システムを構築し、運用を開始しています。

これまで、化学プラント配管の外部腐食検査は、腐食配管の画像を見て対策を判断しており、膨大な枚数の画像を目視判断する担当者の負荷は多大なものでした。そこで、人の判断支援にAIを活用できれば負荷を軽減できるのでと考え、AI導入の検討を進めることとしました。

開発にあたり、腐食度合いの判断基準を指標化することが課題となったため、人がAIの精度を補完し共にシステムを成長させる「Human in the Loop Machine Learning」のアプローチにより運用実現に至りました。

本システム運用の開始により、新潟工場での検査業務にかかる作業量を約50%省力化することができました。

化学業界でのAI活用事例⑤:材料用途探索への生成AI活用(三井化学)

三井化学が材料用途探索に生成AI、有望なアイデアを効率的に生成
 材料の分野で生成AI(人工知能)を活用する動きが出てきた。三井化学は、材料の「用途探索」に生成AIを使い始めた。狙いは、人の先入観を排して有望な用途を効率的に見つけることだ。将来は、テキストだけではなく静止画や動画などからも気づきを得られる可能性があるという。

三井化学株式会社では、AIを活用し三井化学製品の新規用途探索を高精度化・高速化する実用検証を進めています。

材料の用途探索とは、既存の化学素材や開発中の材料を、本来の目的とは違う使い道を見つけることです。その活動は、顧客へのヒアリング、展示会への出展、論文や特許といった文献の調査など多岐にわたりますが、最近では、SNSも用途探索の重要な情報源となっています。

これらの膨大な外部データをAIを活用して分析することで、新規用途の発見プロセスを高速化、精度向上を図り、売上や市場シェアの拡大をめざしています。

まとめ

化学業界におけるAI活用は、労働人口の減少対策や設備の適正管理、安全・品質管理、研究開発やプラント運転の効率向上、マーケティングなどさまざまな方面で活用がはじめられています。

化学分野で開発された製品や素材、技術は、人々の生活の中で多方面にわたって深く関係しており、欠かすことができないものとなっています。

化学業界の技術革新は、より良い生活品質の実現と持続可能な社会の構築に向けて不可欠な役割を果たしています。今後もAIを活用した技術の発展に注目が集まることでしょう。