近年、人工知能(AI)の進化が著しい中、製薬業界でもAI・ChatGPTの活用が急速に進んでいます。
AIは新薬開発から臨床試験、製造プロセスの最適化、さらには患者の治療計画の立案に至るまで、製薬業界のあらゆるフェーズで革新をもたらしています。
この記事では、製薬業界でのAI活用事例を紹介し、なぜ今、AIがこの分野で特に注目されているのかを解説していきます!
製薬業界でAIが注目されている理由
製薬業界は少子高齢化の社会保障費の増大により、国の政策によって薬価が抑えられ、厳しい市場環境が続くと予想されています。
当該背景の中で、製薬会社から注目されているのが、AIの活用です。大手製薬会社の創薬、医薬品の開発の事例も増加しておりますが、AIの知見を持つベンチャー企業との提携に関するニュースも増加しています。
しかしながら、新薬開発は、以下のように時間と費用の観点で課題があります。
AI導入が注目されている理由①:新薬開発にかかる期間・コストの増大
新薬開発とは、新たな有効成分や医薬品を発見し、臨床試験や承認申請を経て、市場に投入するまでの一連のプロセスを指します。新薬開発ができるかどうかは、製薬会社の競争力と収益性にも大きく影響します。
しかしながら、新薬開発に際し、以下のような課題が存在します。
- 新薬開発には約10-15年ほどの歳月がかかるとされており、その時には市況が大きく変わっている可能性がある:新薬開発には、一般的に10年から15年の年数が必要とされています。この間、多くの新薬が淘汰され、市場に投入され、最終的に世の中に残るのは、数千から数万の中からわずかです。
- 新薬開発にかかるコストは年々高くなっている:新薬開発には、平均で数千億円の費用がかかり、企業の収益性を低下させる要因になっています。実際、当該費用は、年々増加の傾向にあり、米タフツ大学などの研究によると、1970年代に約1億8000万ドル(約200億円)だった新薬の開発費用は、2000年代以降には約26億ドル(約2900億円)と約14倍に膨らんでおり、一般の物価の上昇速度を大きく上回っています。また、費用増大の要因は、主に臨床試験の規模と複雑さに起因しているとされています。
*引用元 :https://www.nikkei.com/article/DGKKZO73907790V10C21A7TEC000/
上記のように、新薬開発にかかる期間とコストの増大は、製薬業界にとって大きな業界課題です。期間とコストの増大は、新薬開発に対する企業側の開発意欲を減少させ、研究開発の活力を失わせます。
さらに、新薬の開発が遅れれば、患者にとって、治療の選択肢が限られ定期、効果的な医療が受けられない問題も発生します。
AI導入が注目されている理由②:創薬における成功率の低下
新薬開発の中でも、特に重要な段階が創薬プロセスです。創薬は、医薬品の元となる化合物・化学物質が製品となり、販売されるまでのプロセスのことを指します。
一般的に、創薬は、以下のステップで行います
- 基礎研究
- 非臨床試験
- 臨床試験(治験)
- 承認申請と審査
- 承認と販売
- 製造販売後の調査・試験
*引用元 : https://www.seikagaku.co.jp/ja/development/flow.html
また、上記創薬の過程を経た、成功率は3万分の1とも言われています。
AI導入が注目されている理由③:創薬における本質的な非効率性
また、創薬には本質的な非効率性があるとされています。それは、以下のような問題に起因します。
- データの多様性と複雑性:創薬には、化学、生物学、薬理学、臨床医学など、さまざまな分野のデータが関係します。データは、形式、品質、量、信頼性などにおいて大きく異なります。また、データは相互に関連しており、複雑なパターンや因果関係を持ちます。これらデータを統合的に分析することは、現状、膨大な時間を必要とします。
- 仮説の検証の困難さ:創薬の際には、多くの仮説を立てる必要があります。例えば、ある化合物が特定のターゲットに結合するかどうか、あるターゲットが特定の疾患に関係するかどうか、ある化合物が安全で有効な薬物になるかどうか等です。また、仮説を検証するには、実験やシミュレーションを行う必要があります。しかしながら、仮説検証時においても、多くの時間とコストがかかります。さらに、実験やシミュレーションの結果は、必ずしも正確で再現性を担保できていない可能性もあります。
- 知識の伝達と共有の限界:創薬には、多くの専門家や組織が関与します。しかしながら、知識や視点を効果的に伝達し、人間同士で共有することにも限界があります。特に、知的財産権の問題などが、知識の伝達と共有を妨げる要因となります。
上記に関する問題は、創薬プロセスを長期化し、高コスト化し、創薬における成功率を原因となっています。
製薬業界でAIを活用するメリット
これまで見てきた背景や課題も踏まえて、製薬業界でAIを活用するメリットは、主に以下の二つに分けられます。
AIを導入するメリット①:創薬の支援
AIは、創薬の支援として、以下、ターゲットの同定、化合物の設計、スクリーニングなどの作業を効率化することができます。
- ターゲットの同定:例えば、既存の論文データベースや文献から、ターゲットとなる疾患や分子に関する情報を抽出し、新たな仮説や発見を導くことができます。
- 化合物設計と発見の効率化向上:AIにより既存の薬や生物学的なデータから、新たな化合物の構造や活性を予測することができます。これにより、候補化合物の発見の効率を向上させることができます
- スクリーニング効率向上:AIは、化合物の有効性や安全性を予測し、スクリーニングの効率を高めることができます。これらのAIの支援により、創薬にかかる期間やコストを削減し、成功率を向上させることが期待されています。
AIを導入するメリット②:顧客・医療従事者対応業務の効率化
AIは、顧客や医療従事者との対応業務を効率化することにも寄与します。例えば、AIは、チャットボットや音声アシスタントとして、顧客や医療従事者の質問や要望に応答することができます。
以下、沢井製薬株式会社の事例をご紹介します。
このように、AIは、自然言語処理や機械学習の技術を用いて、顧客や医療従事者のニーズをとらえた適切な回答やサービスを提供するために活用されています。
また、AIは、顧客や医療従事者の行動や嗜好を分析し、パーソナライズされた情報や提案を行ったり、顧客や医療従事者のフィードバックや評価を収集し、製品やサービスの改善に活用さています。これにより、顧客や医療従事者の満足度やロイヤルティを高めるために活用されています。
AI創薬をめぐる製薬業界の動向
ここではAI創薬をめぐる業界動向について解説していきます。
動向①:医療向けのAI市場が拡大
医療向けのAI市場は、近年急速に拡大しています。グローバルインフォーメーション社の調査によると、医療向けのAI市場は、2024年の209億米ドルから2029年には1,484億米ドルに達すると予測されています。(引用元 : https://www.gii.co.jp/report/mama1422236-artificial-intelligence-healthcare-market-by.html)
また、創薬におけるAI市場規模は、2022年に11億160万米ドルから2030年には49億8,280万米ドルと約5倍に成長する見通しです。(引用元 : https://x.gd/i54yA)
市場拡大の背景は以下であると言われています。
- データの増加:医療分野では、電子カルテやゲノムデータ、画像データなど、様々な種類や形式のデータが蓄積されて、AIの学習に必要な基盤が整うことになります。
- コンピューティングパワーの向上:クラウドコンピューティングやGPUなどの技術の発展により、AIの計算能力や処理速度が向上しています。これにより、AIは、より複雑で大規模なデータを扱うことができます。
- AIの進化:深層学習や強化学習などのAIの技術やアルゴリズムがこれまでより進化し、より高度で精度の高いタスクを実行することができるようになると言われています。
動向②:産学連携によりAI技術開発が発展
AIの技術開発には、高度な専門知識や大量のデータ、高性能なコンピュータなど、多くのリソースが必要となり、一企業のリソースのみでは限界があります。
そこで、産学連携が重要な役割を果たし、昨今様々な事例が登場しています。産学連携により、企業は大学や研究機関の最新のAIに関する知見や技術を得ることで競争優位性を獲得できるようになります。
一方、大学や研究機関は、企業のニーズに応えることでAI活用に関する研究の知見を深めます。こうしたメリットと産学連携によるコラボレーションにより、AIの人材やデータ革新が進みます。
以下、産学連携事例を3事例ご紹介します。
事例①:AIを用いた医療品開発プロジェクトの推進(アステラス製薬)
共同研究の概要は以下の通りです。
- 同志社大学とアステラス製薬:意思決定のための統計モデリングに関する共同研究
医薬品の研究開発には、対象疾患の選択や臨床試験デザインなど、多くの重要な選択が伴います。そこで、データに基づき、統計モデル・シミュレーション技術によって多様な選択肢の長所と短所を評価し、医薬品開発の意思決定の加速および最適化を目指します。
- 和歌山県立医科大学とアステラス製薬:治療効果の統計的推定に関する共同研究
患者さんの状態に合わせて医薬品の効果を予測できれば、適切な医薬品を選択することが可能になり、治療効果の向上と医療コストの削減につながります。そこで、リアルワールドデータに基づき、治療の効果を推測する統計的手法を開発することによって、患者さんごとに治療のプロセスを最適化するための医学統計情報基盤の構築を目指します。
二つの共同研究で得られるシミュレーションの結果やノウハウが相互に活用されることによって、より確度の高い推定に基づいた意思決定が可能となるなどの相乗効果が期待されます。
*引用元 : https://www.astellas.com/jp/news/16761
事例②:MOLCURE社のAI創薬プラットフォーム技術の活用(小野薬品工業)
小野薬品工業株式会社は、株式会社MOLCUREと、MOLCURE社のAI創薬プラットフォーム技術を活用した複数の標的に対する革新的な抗体医薬品を創製するプロジェクトを進めています。
事例③:「インシリコ細胞中心型モデル」の活用(CytoReason)
一方、海外の事例として、CytoReasonは、米製薬大手Pfizerと連携しプロジェクトを進めています。
Pfizerは新薬開発を目的とした免疫システムの理解向上に向けて、CytoReasonの「インシリコ細胞中心型モデル」を活用している。
CytoReasonは、遺伝子発現データや特定の細胞に関連する遺伝子データの分析から導かれた新たな細胞情報をオミクスデータや文献データと統合し、各臨床試験の目的に応じた「免疫反応のコンピュテーショナル細胞基盤モデル」を作製することに特化している。
これらの細胞基盤モデルは、研究に繰り返し利用される中で学習を重ね、改善されていく。
同モデルの活用によって、より優れた標的の発見や、薬剤応答バイオマーカーの特定、医薬品候補の適応症の選択などが可能になるという。
*引用元 : https://www.lsmip.com/article.html?id=5117
AI創薬を実現するための製薬企業の課題
これまでご紹介してきたように、製薬業界において、AIは様々な分野で活用されています。
一方、製薬企業内でAIの利用を促進するための課題もあり、以下の企業内における課題を解決することも求められています。
課題①:創薬を行う研究者に一定のAIの知識やスキルが求められる
1つ目の課題は、創薬を行う研究者に一定のAIの知識やスキルが求められるということです。創薬を行う際に、AIを手段として用いるだけでなく、仕組み、アルゴリズムや性能の限界を理解し、正しく評価や検証を行う必要があります。
そのために、研究者は、AIに関する理論、リスク、法規制、ツール等の教育や研修を受けながら活用する必要があります。
しかしながら、自身の研究分野のみならず、AIの知見を身につけることは日々の業務時間も加味すると課題があり、効率的な学習環境の構築の実施も課題になります。
課題②:AIシステム開発のためのリソースの確保
2つ目の課題は、AIシステム開発に、ヒト・モノ・カネというリソースがかかるということがあります。AIシステムの開発や運用には、専門的な知識や技術を持った人材が必要です。
また、システム開発のためには、システム構築費用も必要です。この際、製薬会社は、自社でAIシステムを構築するか、外部のAIベンダーと提携するか、あるいはシステム毎に使い分けを行うかという選択する必要があります。どの方法を選ぶにしても、人員、コスト、リスクを考慮して選定する必要があります。
課題③:データ提供者へのプライバシーへの配慮
最後の課題は、データ提供者へのプライバシーへの配慮です。AI創薬を行う際に、患者や被験者などの個人情報を含むデータを必要とすることがあります。当該データは、AIシステムの学習や改善に不可欠ですが、同時に、データ提供者のプライバシーを侵害する可能性があり、配慮が必要となります。
そのため、製薬会社は、データ提供者の同意を得たり、データの品質、安全性、透明性を保証するために、適切な運用を実施する必要があります。
まとめ:各製薬企業によるAI創薬は今後ますます拡大する
以上、記載してきた通り、各製薬企業内においてAI創薬の実現に向けて、多くの課題がありながらも、各社長らく製薬業界全体として課題になっていた創薬期間の長さとコスト拡大の要因によりAIの活用が必須となっております。
実際、大学、企業との産学官連携事例も増加傾向にあり、大きな発展を遂げていく可能性が高く、AIの活用が促進されていくでしょう。