機械翻訳・要約・対話のように「入力系列と出力系列の長さが異なるタスク」は、従来のRNNでは扱いが難しいものでした。この課題を解決するために登場したのがRNN Encoder-Decoder(Seq2Seq)です。この構造は“入力を1つの意味ベクトルに圧縮し、そこから別の系列を生成する”という明快な発想で、自然言語処理の流れを大きく変えました。
📖この記事のポイント
- 可変長入力と可変長出力を扱うための基本構造がRNN Encoder-Decoder(Seq2Seq)である!
- Encoderは入力文を意味ベクトルに圧縮し、Decoderが1語ずつ生成する!
- 固定長ベクトルによる情報圧縮の限界が“ボトルネック問題”となった!
- Attentionはこの課題を解決し、長文翻訳の精度を大幅に改善した!
- 構造はTransformerに受け継がれ、今も自然言語処理の基礎となっている!
- 軽量性からオンデバイス用途ではRNN系が現役で使われている!
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何を解決するモデルなのか:可変長 → 可変長の壁
機械翻訳のように、入力文と出力文の長さが必ずしも一致しない状況では、従来のRNNは1つの系列として処理しなければならず、「入力の終わり」「出力の始まり」を区別するのが困難でした。RNN Encoder-Decoderは、EncoderとDecoderという“2本のRNN”を独立させることで、この構造上の制約を解消しました。
その結果、以下のメリットが生まれています。
- 入力文をそのままの形で読み切れる(前処理が単純)
- 出力文の長さを柔軟に決められる(止めるタイミングも自由)
- 翻訳・要約・対話など、生成タスクを統一的に扱える
特に「入力→圧縮→出力」という明快な流れは、後のTransformerにもそのまま受け継がれています。
EncoderとDecoderの役割を整理する
Encoderは入力文(例:[I, love, NLP])を単語順に読み込み、隠れ状態を更新していき、最後に得られる h_T を“入力全体の意味を表すベクトル”として出力します。これがContext Vectorです。
DecoderはこのContext Vectorを初期状態とし、1語ずつ出力文を生成します。たとえば翻訳では、<sos>(文章の開始)を入力し、「私 → は → NLP → が → 好き → <eos>」のように順に生成します。
EncoderとDecoderの役割分担は次のように明確です。
- Encoder:入力を統合して意味を1つのベクトルにする
- Decoder:その意味をもとに新しい文を組み立てる
この分業構造が登場したことで、RNNの表現力が飛躍的に向上しました。
仕組み:Encoder → Context Vector → Decoder の流れ
確率モデルとしての理解(やさしい数式)
RNN Encoder-Decoderは「入力 x に対して出力 y が生成される確率 p(y|x) を最大化」するモデルです。このときDecoderは以下のように、次の単語の確率を逐次算出します。
p(y_t | y_{<t}, c)ここで c はEncoderの最終隠れ状態(Context Vector)であり、入力文全体の情報を集約しています。モデルは学習を通して「適切な圧縮表現 c を作り」「適切な系列 y を展開する」能力を習得します。
難しい数式を使わなくても、“確率を逐次予測する仕組み”であると理解しておくと後のAttention・Transformerが理解しやすくなります。
Encoderがやっていること
Encoderは、入力文を最初から最後まで読み込み、単語ごとに隠れ状態を更新します。RNN・GRU・LSTMなどのバリエーションが使われますが、基本は以下の流れです。
- 単語を埋め込みベクトルに変換する
- RNN(またはGRU/LSTM)に通し、隠れ状態を更新
- 最後の隠れ状態だけを取り出し、文脈ベクトル cとして保持
重要なのは「最終隠れ状態だけにすべての情報が詰め込まれる」という点です。これが後述の“ボトルネック問題”につながります。
Decoderがやっていること
Decoderは「文章を左から右に生成するモデル」です。最初の入力は通常 <sos>、終了は <eos> です。
- 初期状態に Context Vector をセットする
- 1ステップごとに次の単語の確率分布を出力する
- 最も確率が高い単語を選び、次の入力として再びDecoderに与える
トークンを1つずつ生成する“作り込みのプロセス”という理解が大事で、Transformerでも概念は同じです。
Teacher Forcing(学習時と推論時の違い)
学習時と推論時の動作は大きく異なります。
- 学習時:正解の次単語をDecoderに入力する → 学習が安定する
- 推論時:モデル自身が選んだ単語を次の入力に使う → 誤差が蓄積しやすい
このギャップは「Exposure Bias」と呼ばれ、生成タスクの難しさの本質でもあります。Teacher Forcing の有無による挙動の違いは、Seq2Seq理解の重要ポイントです。
なぜ限界があるのか:固定長ベクトルのボトルネック問題
長文を1つのベクトルに圧縮する無理
RNN Encoder-Decoderの核心的な問題は、どんなに長い文章であっても「最終隠れ状態1つにすべて押し込む」点です。これは短文には有効ですが、文章が長くなるほど不利になります。
固有名詞、時制、場所情報などが大量に含まれていても、これらが最後の隠れ状態1つに押し込まれると、重要な前半の情報が後半に押し流される危険があります。
Attentionが必要になる理由
この“情報圧縮の限界”を突破したのがAttentionです。
- Decoderが、必要なときに Encoder の全隠れ状態を参照できる
- どの単語が重要かを動的に計算する(重み付け)
- 固定長ベクトルが不要になる
特に長文翻訳の精度はAttention導入後に大幅に改善し、以降は「Seq2Seq+Attention」が標準となりました。Transformerはこの考え方をさらに拡張したものです。
主要タスク:どこで使われてきたのか
機械翻訳(本来の用途)
Seq2Seqが最初に大きな成功を収めたのは英→仏翻訳でした。従来のフレーズベース翻訳と比べ、文脈を一度ベクトルとして捉えることで「語順の差が大きい言語」同士でも自然な訳文を生成できるようになりました。
現在でもTransformerモデルの多くがEncoder-Decoder構造を採用していることからも、元祖としてのSeq2Seqの重要性は揺らいでいません。
要約生成
長い文章を短く“縮約”する要約タスクは、まさにEncoder-Decoder構造と相性が良い代表例です。入力文を圧縮し、本質的な情報だけを展開するという構造は、「どの情報を残すか」を学習しやすいという利点を持ちます。
また、入力→出力で文の長さが大きく異なるため、Seq2Seqの可変長生成能力が活きる分野です。
対話システム(チャットボット)
初期のチャットボットでは、ユーザーの入力文をEncoderで意味表現に変換し、Decoderが自然な返答を生成する仕組みが採用されていました。「Q→A」の形式がそのままSeq2Seqの動作と一致していたためです。
Transformer時代の現在でも、基本構造としての重要性は置き換えられていません。
最小コードで雰囲気をつかむ(PyTorch)
Encoderの最小構造例
以下はGRUベースのシンプルなEncoder例です。構造は最小ですが「埋め込み→RNN→最終隠れ状態」というEncoderの本質が理解できます。
class Encoder(nn.Module):
def __init__(self, vocab_size, embed_dim, hidden_dim):
super().__init__()
self.embed = nn.Embedding(vocab_size, embed_dim)
self.rnn = nn.GRU(embed_dim, hidden_dim)
def forward(self, x):
embedded = self.embed(x)
outputs, hidden = self.rnn(embedded)
return hidden
Decoderの最小構造例
Decoderは1単語ずつ出力を生成するため、隠れ状態を継続的に受け渡す必要があります。以下のミニマルコードでは「隠れ状態→RNN→線形層→確率分布」という流れを実装しています。
class Decoder(nn.Module):
def __init__(self, vocab_size, embed_dim, hidden_dim):
super().__init__()
self.embed = nn.Embedding(vocab_size, embed_dim)
self.rnn = nn.GRU(embed_dim, hidden_dim)
self.out = nn.Linear(hidden_dim, vocab_size)
def forward(self, x, hidden):
embedded = self.embed(x)
output, hidden = self.rnn(embedded, hidden)
pred = self.out(output)
return pred, hidden
学習ループ(Teacher Forcingあり)
Seq2Seqの理解で最も誤解されやすいのが“学習時と推論時の違い”です。以下のコードはTeacher Forcingの有無が分かる最低限の構造です。
encoder_hidden = encoder(src)
decoder_input = torch.tensor([sos_token])
decoder_hidden = encoder_hidden
for t in range(target_len):
output, decoder_hidden = decoder(decoder_input, decoder_hidden)
loss += criterion(output, target[t])
# teacher forcing
use_tf = random.random() < teacher_forcing_ratio
decoder_input = target[t] if use_tf else output.argmax(1)
Teacher Forcing が強いほど学習は安定しますが、推論との乖離が大きくなるため注意が必要です。
Transformer時代でも学ぶ価値がある理由
構造理解の土台として不可欠
Transformerは「Encoder-Decoder構造を受け継ぎつつ、RNNをAttentionに置き換えたモデル」です。つまり、Seq2Seqを理解していれば、Transformerを“改良版”として自然に理解できます。
特に以下の概念はSeq2Seqを理解していないと理解しづらいものです。
- なぜAttentionが必要だったのか
- なぜDecoderは逐次生成なのか
- EncoderとDecoderが別れている必然性
軽量用途・オンデバイス用途で現役
RNNベースモデルはTransformerに比べて軽量で、計算資源の少ない環境でも動作します。たとえば以下のような用途では今でも採用されています。
- スマホや小型デバイス上で動作する簡易チャットボット
- 数万件レベルの小規模データで学習する専用モデル
- 反応速度が重要なリアルタイムシステム
“Transformerより弱いが軽い”という利点は依然として重要です。
よくある質問(FAQ)
RNN Encoder-DecoderとSeq2Seqは同じですか?
ほぼ同じです。初期のSeq2Seqの実装はRNN Encoder-Decoderであり、両者を区別せず使うケースも多いです。
Transformerとの違いは?
TransformerはRNNの逐次計算を避け、Attentionによって全単語を並列処理できます。構造は似ていても計算方式が根本的に異なります。
BERTやGPTはEncoder-Decoderですか?
BERT=Encoderのみ、GPT=Decoderのみ、という構成です。Encoder-Decoder型ではありません。
AttentionなしのSeq2Seqは今も使われますか?
大規模モデルの主流ではありませんが、軽量モデルや小規模データセットでは今も採用されています。
まとめ
- RNN Encoder-Decoder(Seq2Seq)は「可変長入力→可変長出力」を扱うために生まれた構造で、生成タスクの基礎となった。
- Encoderは入力を“意味ベクトル”に圧縮し、Decoderがその意味をもとに1トークンずつ文章を生成する。
- 固定長ベクトルの限界(ボトルネック問題)をきっかけにAttentionが登場し、長文処理の精度が大幅に向上した。
- Seq2Seqは翻訳・要約・対話など多くのNLPタスクで使われ、現在のTransformerにも構造が受け継がれている。
- 軽量性から、小規模・オンデバイス用途ではRNN系モデルが今も利用されている。
RNN Encoder-Decoderは、現代NLPの“出発点”ともいえるモデルです。この構造を理解しておくと、AttentionやTransformerの仕組みが格段に理解しやすくなります。生成モデルの学習を本質から掴むための大切な基盤になります。
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