水産業や漁業においてもAIの活用が進んでいるのをご存じでしょうか?
本記事では、その中から4つの具体的な事例を紹介し、AI技術を活用したスマート漁業の概念や利点について解説していきます。
現在の漁業・水産業界における問題・課題とは
昨今の漁業・水産業界はさまざまな問題や課題に直面しています。3つの視点から同業界の問題点についてまとめました。
人材不足・高齢化・後継者不足
日本の漁業就業者数は、水産庁のデータによると生産量がピークを迎えた1984年の44万人に対し、2021年は13万人と3分の1以下に減少しています。また、年齢の割合をみても55歳以上が6割近くを占め、高齢化が進んできました。後継者となる若い世代がおらず、事業の継承が難しいところも増えてきています。
漁業・水産業界は人材不足・高齢化・後継者不足という三重苦に苦しんでいますが、その原因はいくつか挙げられます。
- 収入が低く、不安定なこと
- 労働環境が厳しく、体力的にも精神的にも負担が大きいこと
- 技術や知識が属人化しており、新規参入が困難であること
- 漁業のイメージが古く、魅力的でないと感じる若者が多いこと
人材不足・高齢化・後継者不足は、漁業・水産業界の生産性や競争力を低下させるだけでなく、地域社会や食文化にも大きな影響を与える可能性があります。そのため、漁業・水産業界の活性化や魅力向上の取り組みが急務となっています。
技術の属人化
漁業・水産業界では、多くの仕事が漁師の勘や経験・人海戦術で行われてきました。しかし、人材不足や高齢化、後継者不足によって、これらの技術が継承できない問題が生じています。技術の属人化が、漁業・水産業界の持続的な発展を妨げる要因となっているのです。
漁業の技術とは、たとえば漁場の探索、漁網の設置、魚の選別、養殖魚の給餌のタイミングや量などの技術です。生き物や自然界が相手ということもあり、これまでは経験や勘が頼りにされてきました。
技術の属人化を克服することで、漁業・水産業界は効率的に運営され、より持続可能な産業に変わることができるでしょう。
世界的な水産資源の不足
漁業・水産業界のもう一つの大きな問題・課題は、世界的な水産資源の不足です。水産資源とは、海や川などの水域に生息する魚介類のことで、人間の食生活に欠かせないものです。しかし近年、水産資源は過剰な漁獲や環境破壊・気候変動などの影響で、減少・枯渇の危機に瀕しています。
実際に世界の漁獲量は、1980年代にピークを迎えて以降、横ばいか減少で推移しています。持続可能なレベルでの漁獲は世界で65%まで低下しており、過剰に水産資源が消費がされているといえます。
世界的な水産資源の不足は、漁業・水産業界の収益や安定性を低下させるだけでなく、食料安全保障や生態系の維持にも深刻な影響を及ぼす可能性があります。そのため、水産資源の保全や管理に向けた取り組みが必要となっています。
漁業・水産業界での課題をAI技術で解決する「スマート漁業」とは
「スマート漁業」とは、漁業・水産業界においてAIやIoTなどの技術によって課題を解決する新たなアプローチです。
同業界は人員不足、技術の属人化、世界的水産資源の枯渇などの問題に直面しています。スマート漁業ではAIやIoTを組み合わせ、漁業の業務や技術をデジタル化し、労働の効率化や生産性向上を目指します。持続可能な水産業の実現に向けた重要な一歩といえるでしょう。
AIを活用したスマート漁業のメリット
スマート漁業を導入するメリットは多いです。以下に4つ挙げます。
人材不足解消による生産性の向上
スマート漁業は、AIやIoT技術を活用することで漁業を効率化し生産性を向上します。人材不足や高齢化、後継者不足などの問題解決が期待できます。
たとえば、漁場環境の情報を収集して適切なタイミングで可能な限り短時間で漁獲をする、AIにより魚の判別をするといった技術です。
また、漁業に関するデータを集積・解析することで、必要な知識や技術を短期間で習得、あるいは修練度に関わらず利用可能になります。
さらに、生産性の向上によって収入も安定し、先端技術活用そのものと相まって若者にも魅力的な産業に映るようになるでしょう。
業務負担の軽減
スマート漁業により、業務負担の軽減が期待されます。
AI技術を活用することで業務をある程度自動化することができるからです。単純な作業は機械にまかせて、人間はデータの解析やビジネスモデルの構築など、別の業務に時間を割くことが可能になります。
漁業・水産業には、漁場の探索や養殖の餌やり、魚の選別など、熟練の判断を伴う業務が多くあります。また、現場での業務が多く体力も必要とします。
業務負担の軽減で高齢の労働者も働くことが容易になる上に、若者や未経験者も業務に参加しやすくなります。
賃金の向上
スマート漁業の導入は、賃金の向上にもつながります。
従来の漁業は、「過酷な肉体労働と低賃金」というイメージがありました。しかし、AI技術を活用することで省人化と省力化を実現し、漁獲量・生産量を効率的に増やすことができます。販路をしっかり確保できれば、漁業者の収入増加につながるでしょう。
さらに情報処理・通信技術・AIなどによって、流通・物流を効率化することで、より一層、高品質の漁獲物を国内外の需要に応じて配送できます。ビジネスのスケール拡大も期待できそうです。
技術や事業の継承の円滑化
スマート漁業により、AI技術を活用することで技術や事業の継承が円滑に進みそうです。
これまで漁業には、漁師の勘や経験、人海戦術が必要な業務が多いとされてきました。知見やノウハウ、技術を若手に継承させるには、長い時間を要していたのです。
AI技術はこれらの技術を多くの人が再現できるように標準化します。また、ノウハウがデータとして蓄積しているため、漁業の技術を短期間で習得できます。
さらに、AI・IoTにより自動化された作業は、そもそも取得すること自体不要となるでしょう。
AIを活用したスマート漁業のデメリット
スマート漁業を導入する場合のデメリットも理解することをおすすめします。以下のような3点が挙げられます。
導入時の初期費用が高い
スマート漁業の導入には、初期投資が必要になります。サービスそのものや使用する機器の費用がかかるためです。また、導入初期の段階ではデータが不足しているため、費用対効果を感じにくいという場合もあります。
長い目で見れば、人件費などコストの削減や売上の拡大が実現できるものの、導入時の初期投資が必要な点には注意が必要です。
現場でのITリテラシー不足
スマート漁業のデメリットのひとつに、デジタル機器の操作が必要になる点があります。デジタル機器を使いこなすためには、ある程度の知識や経験が必要です。高齢で普段はデジタル機器をあまり使用しない人が使うには、サポート体制やITに精通した人材が必要です。
データの基盤が未整備である
スマート漁業には、さまざまな機器やソフトウエアを活用します。それらに用いられるデータ形式は、日本や世界で標準化されておらず、データを活用するのにひと手間かかる場合があります。
データベースも各地域で分かれているため、業界全体で知識を共有するにはまだ時間がかかりそうです。
AIを活用したスマート漁業の事例
すでにAIによるスマート漁業は始まっています。活用事例を4つご紹介します。
サケ定置網の漁獲量予測(宮城県東松島市)
KDDI総合研究所は、早稲田大学とともに宮城県東松山市でサケ定置網漁の課題解決に取り組んでいます。
気象や潮流・海水の状態などさまざまな条件における漁獲量の変化を、漁師たちは経験的にもってはいるものの、それをデータとして整理・活用することはできていませんでした。
そこでスマートカメラやセンサによって環境や魚の状況を調査、データ解析することにより、経験に頼らない漁獲が可能になりました。人件費や燃料費のコスト削減、未経験者や若者の漁業への就労機会拡大へつなげています。
また、収集データによる漁獲予報が仕入先に配信され、受注・産地直送するといった直販ビジネスの仕組みも構築中です。
「鯖、復活」養殖効率化(福井県小浜市)
福井県小浜市では、漁業協同組合・KDDI・福井県立大学が、鯖の養殖効率化プロジェクトを立ち上げています。かつて1万トン以上の漁獲量があった鯖の事業を復活させ、ブランド化・販売する取り組みです。
水温、酸素・塩分濃度を機器によってデータ収集し、集積した情報で養殖を効率化をしています。これまで経験と勘に頼っていた給餌も、データに基づいて管理が可能になります。
マグロ養殖基地化(長崎県五島市)
平成30年度の「総務省IoTサービス創出支援事業」として、長崎県五島市の基幹産業であるマグロの養殖にスポットがあたりました。特にクロマグロは、プランクトンの大量発生による赤潮に極端に弱く、同地域だけでも年間数千万円の被害額となっています。
既存の計測方法では精度や時間の問題で対応が難しかったのですが、ドローンによる空撮や海水取得の後、すぐにAIで分析してリアルタイムに結果を通知できるようになっています。これにより15分以内に赤潮を把握し、素早く対処することができるようになりました。
日本初のAIを活用したハマチ養殖(くら寿司/ウミトロン)
回転寿司チェーン「くら寿司」の子会社「KURAおさかなファーム」は、スタートアップの「ウミトロン」と協働し、AI技術を使ったハマチの養殖に日本で初めて成功しました。このハマチは、2022年6月に「特大切りAIはまち」として全国のくら寿司で販売されています。
これは給餌機に搭載されたAIが、生け簀の映像からリアルタイムで魚の食欲を画像解析し、給餌の量やタイミングを最適化する技術です。結果としてエサの量を約1割削減でき、スマートフォンを活用した遠隔監視・作業によって労働負担の低減や船の燃料代の削減にもつながっています。さらに餌の削減による環境負荷の軽減、安定した品質・生産量での供給が期待されます。
まとめ:漁業・水産業界でのAI活用は今後ますます広がる!
今後、漁業・水産業界のさまざまな問題・課題を解決するために、ますますAI活用は欠かせなくなります。すでに事例もあるので、導入もスムーズに進んでいきそうです。
そもそも日本は世界で有数の水産国でしたが、近年は発展途上の人口大国にもその順位を明け渡しています。人口減少は避けられない状況において、産業を維持し国際競争力を高めていくためには、AIの活用は必須といえるでしょう。
漁業・水産業界は、近い将来に「スマート漁業」が当たり前の産業になりそうです。